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ボリビア出張で考えたこと 途上国支援と東工大

 

横倉順治(東京工業大学 国際開発工学専攻 連携教授、国際協力機構・JICA)

 

 

 今年(2009年)1月末に橋梁防災の仕事でボリビアに10日間出張した。出張中ODA(開発途上国への政府ベースの開発援助)に関わっている者として考えたことを以下に述べた。

出張した具体的な場所はアンデス山脈を越えた向こう側にあるボリビア領のアマゾン流域の中である。この地域の経済活動の中心サンタクルス州を東西に国道4号線が走り、北に向かって流れるピライ河と交差している。ここに日本ボリビア友好橋が架けられている。もともと1964年にアメリカの援助によって計画・建設されたものであるが、破損・老巧化した部分が2005年に日本の無償資金協力によって補修された。橋は2車線で長さは280m、5径間のトラス形式である。

昨年(2008年)集中豪雨による洪水によって、3月11日~12日にかけて、この橋のたもとの河岸が侵食により800mにわたって最大150m後退した。わずか一晩で突然河岸が喪失し、川の流れが変わったのである。だれも想像できなかった突発的自然現象であった(写真-1)。これによって橋に続く道路が侵食されそうになったが、ボリビア道路局による土嚢などを使った必死の応急対策工事によって食い止めることができた。今回の出張の目的はボリビア側からの要請にもとづき、この状況に関して、日本からの協力内容を調査することであった。

 


写真-1 侵食によって後退した河岸(2008年3月に橋の上から撮影したもの)

 ピライ河はアンデス山脈に発し、途中山麓に存在する砂を多量に含んで流下する。またダム、堤防などの砂防・治水施設は一切存在しない自然河川である。そのため、砂の堆積と河岸浸食による河道の変化が著しい。1967年の航空写真と2003の衛星写真に写った河道の形状を比較すると、36年間で複雑に変動していることがわかる。日本ではこのような不安定な河川は見当たらず、ボリビアの河川環境は非常に厳しいといえる。

日本の河川では砂防・治水施設が整備されており、河道は堤防の外にはみ出ることはないという前提で橋が建設される。つまり、「河は両岸堤防の間にあり、橋は堤防と堤防の間に架ける。」という考え方で建設することができる。架橋位置は主に交通計画上の条件を検討して決定され、橋の長さは両岸堤防の間隔となる。

一方ボリビアのような開発途上国では、河川が堤防で仕切られていないので、季節によって川幅が変化し、さらに浸食・堆積作用によって河道が変動しやすく不安定である。今回のような災害を避けるためには、昔の地図ほか、水位観測・地質データなどによって川の特性を把握し、川幅変動の範囲を推定して橋長を決め、またできるだけ安定したポイントを架橋地点として選定しなければならない。橋梁工学だけでなく、河川工学、地形学などの知見が必須となる。これらの点に注意しないと、完成後に今回のような被害が発生する。このように途上国の架橋計画は日本に比較して複雑で困難である。しかし、それだけ奥が深く面白いと言うことができる。

また開発途上国において、橋梁の構造については、重要度の低い道路の場合には、多少の利便性を犠牲としても建設費を抑えることが合理的と考えられる場合がある。たとえば、河道にコンクリート道路を作り、普段の流れはコンクリート舗装下に敷設したパイプで流し、洪水時はコンクリート道路を越流する工夫である。この工法はコーズウエーと呼ばれ、日本には無いが、途上国では多く見られる形式である(写真-2)。「川に橋を架ける」という考えにとらわれない発想である。また、橋高を低くし、洪水時には水面下に沈んで越流を許容する橋梁も考えられる。「橋は洪水時でも水面の上にあるべき」という考えにこだわらないアイデアである。このように途上国では、日本とは異なる条件下で計画するので、日本のマニュアル的発想から離れて、現地の事情に応じた工夫をする必要がある。

 


写真-2 実際に日本の協力によりネパールで建設されたコーズウエー

以上橋梁計画について説明したが、実際には、橋梁計画にかぎらず交通計画をはじめ土木全般、さらに建築、環境などあらゆる工学分野についても同様である。日本とは異なる新しい課題と学問領域が開発途上国に存在すると考えられる。しかし、これに応えることのできる知識・能力を有する技術者・研究者の数は不足しているのが現状である。これまでODAでは、地域戦略・課題戦略とそれを実施するためのマネジメントに比較的関心が寄せられてきた。またどちらかというと、社会・経済的側面に焦点が当てられてきた。これからは、以上述べた工学分野への取り組みに、より多くのエネルギーを注ぐことが必要であると考える。このことはODAの質向上には欠かせない。途上国での技術的課題を明らかにし、その解決策を提案し、それを整理・体系化する、など大学の果たすべき役割は重要である。

国際協力をテーマとする大学は日本に多く存在するが、工学分野全般について対応できるのは唯一東工大の国際開発工学科・専攻である。工学を足がかりに社会・人間的側面に視点を向けることも可能であろう。国際開発工学科・専攻は、技術者の母港となり、研究基地・情報発信源として日本と世界をリードし、途上国支援に貢献する研究・教育機関としてその活動領域を広げることが期待されていると考えている。

以上