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技術の基本は開発途上国にあり

 

横倉 順治 (国際開発工学専攻 連携教授)

 

近年日本のODA により海外で多くの土木/建築プロジェクトが実施されているが,これに携わっている者として感じている事の一つを述べてみたい。

 

開発途上国での仕事では,日本ではマニュアル化,分業化によってもはや個々の技術者には求められない基本的技術が必要とされている。施工について言えば,日本では進んだ機械化を背景に建設技術が高度に進歩し専業化している。日本国内では元請け建設業者はこれらの専門工事会社を取り纏めるマネジメント業務により建設工事を行うことができる構造になっている。一方開発途上国では日本のように技術が高度化,専業化していない。また下請け業者の技術や材料の品質には十分信用できない所がある。このような環境で建設工事を行う場合には,日本でのように下請けや材質を信頼して仕事を任せる事はできず,元請け業者の技術者は自らが品質を一つ一つ確認しながら施工管理を行わなければならない。

たとえばコンクリートを例にとると,日本ではコンクリート会社に電話1本で指定した日時,場所に希望する仕様と数量のコンクリートが届けられる。一方開発途上国ではコンクリート会社のある国は稀で,日本の元請け業者自らプラントを用意し,極端な場合には骨材の採取と保管,配合試験,砂の表面水分の測定等の品質管理を総べて行う必要がある。ところが先に述べたように日本国内ではコンクリート品質管理の技術には空洞化したところがある為,現地下請け業者を技術的に管理することが容易にはできない状況が生じる事が少なくない。このような問題を未然に防ぐ為には,マネジメントのノウハウだけでなく,必要な知識と経験をしっかりと身につけた現場監督員を派遣し,技術の基本に立った施工管理を行うことのできる体制を整える事が必要となる。

また計画について述べれば,橋梁建設を例に取ると,開発途上国の河川は治水施設が整備されていない原始河川で河道が変動しやすく,季節によって流路の範囲や水深が変わる。このように不安定で不明確な河川では,その架橋位置,橋長を簡単に決める事ができない。資料が少ないので確率論的アプローチにも限度があり,桁下高の検討にも困難を来す。日本の設計基準をそのまま適用できない。橋梁計画にあたってはまず個々の河川の河道特性を十分把握することが重要となり,河川からの検討/考察が必要となる。

 

別の例で村落給水プロジェクトでは,井戸水の成分が基準値を超える事がある。飲料水の水源がその井戸しかない場合,地方村落ではその水質の改善は,特にそれが有害物質の場合には住民にとっては大変重要である。しかし都市水道のプラントでの処理は比較的容易である事に対して,個々の井戸での処理は難しい。これが日本ではあまり問題となった事のないような水質(ヒ素やフッ素)の場合はなお更である。このような個々の手押しポンプでの水質処理は現代の日本では遭遇しない問題である。

開発途上国での仕事は一見単純,簡単という印象を受けがちであるが,このように日本のマニュアル的考えが当てはまらない事が多く,技術の基本に立ち返り,また種々の工夫をしなければ解決することができない問題が多いのが実情である。逆に見ればそれが基本の大切さの再認識の機会となり,また日本にはない新たな問題解決の経験の場になるという事でもある。昨年度には大学院に国際開発工専攻が設置された。基本を忘れずまた日本とは異なる状況でもアイデアを出してゆく事の出来る技術者が育ってゆく事を願って止まない。

(東京工大クロニクル No.347, Sep 2000より転載)