「わからない」を楽しむ
花岡伸也 (国際開発工学専攻 准教授)
国際開発工学は世界に目を向けている(注1).
なぜ,世界?
私見による回答 - 世界は「わからない」からだ.
「わからない」から,好奇心が生まれる.
「わからない」から,勉強も研究も楽しい.
「わからない」から,成長する.
「わからない」から,わかることの喜びがある.
「わからない」はスタート地点.
好奇心はあらゆる行動の原動力となる.
世界は「わからない」.未知の塊だ.
私は学部生時代,「海外で仕事をしたい」と,漠然と思っていた.日本より面白そうだから.理由はその程度.しかし修士課程に進学後,それは決意に変わる.そして9年後に実現!いわゆる現地採用で,海外の大学で4年間仕事をした(注2).
海外は楽しい.「わからない」から楽しい.経験による知は,時に座学で得られるそれを遙かに超え,心に記憶される.血になる知を得られる.海外経験はそんな知を与えてくれる絶好の場だ.
「わかっていることは、わからないということだけ」
この一文は,敬愛する作家,沢木耕太郎氏の代表作「深夜特急」の第一七章「果ての岬」に登場する.深夜特急を最初に読んだのは博士課程2年のとき.その時点でオーストラリア,フィンランドと,短期ではあるが海外生活を経験していた(注3).そのときの感想がまさにこの一文に集約されていて衝撃を受けた.
場面は深夜特急の後半,アジアの旅を経た後のスペイン滞在時,数ヶ月前にいたタイでの記憶を呼び起こす形で書かれている.深夜特急に登場するバンコク駐在の日本人は,若い沢木氏に対してこのように言う.
「しかし、外国というのはわからないですね」
「ほんとにわかっているのは、わからないということだけかもしれないな」
「状況はどんどん変化して行くし、データなんかは一年で古びてしまう。それに経験というやつは常に一面的だしね」
「知らなければ知らないでいいんだよね。自分が知らないと言うことを知っているから、必要なら一から調べようとするだろう。でも、中途半端に知っていると、それにとらわれてとんでもない結論を引き出しかねないんだな」
「どんなにその国に永くいても、自分にはよくわからないと思っている人の方が、結局は誤らない」
海外で最もやってはいけないこと,それは日本とだけ比較することだ.日本は世界のone of them.日本が世界の特殊事例であることは事欠かない.世界標準の「常識」など存在しないのだ.
世界はどんなにわかってもわからない.
「わからない」を楽しむなら,国際開発工学を学んでみるのも悪くない.
了
注1:国際開発工学とはどのような学問なのか,という根本的な問いもあるだろう.ここでの回答は「わからない」としておこう.
注2:詳しくは,花岡研究室のウェブサイトから経歴を参照してください.
注3:学部3年生のときに休学して4ヶ月間オーストラリアに,博士1年生のときに海外研修(イアエステ)で2ヶ月間フィンランドに,それぞれ滞在していた.