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ある日の電話会議

 

松川 圭輔 (国際開発工学専攻 連携准教授)

「本当に3ヶ所の電話会議?何時になるの?」私は同僚に聞いた。

「夜だよ。ノー残業デーなのに早くして欲しいよね。日本18時で中東の現場12時、ロンドン朝9時ってとこ。」軽く考えていた。100ページのレポート。完璧な試験結果。

下請けの建設会社の雇った出稼ぎ労働者達は、遅れを取り戻すための工事をこなすのに必死で、コンクリート 50 mm かぶりが足りないところも出る。それを老獪な現場仕事師フランス人のProject Management Consultant (PMC、顧客側に立ってプロジェクト管理を行う) に見つかり写真にとられてしまった。彼は自分の手柄だと、オランダの顧客会社にご報告。若いオランダ人顧客の技術者は「仕様書を守れていない。問題だ。」と、日本の元請けエンジニアリング会社の我々に「建て方工事はストップ!」と通知した。現場から横浜の設計部に支援要請のメールが飛び、私は巻き込まれた。大げさにも約100ヶ所のコンクリートのかぶりの非破壊試験、コンクリートコアを30本も採取して電気による塩化物イオン透過試験を行ったところ、たいしたことはないことが判明。かぶりが足りないのは、最悪の1点のみ 10 mm、塩化物イオン透過試験も結果はすべて”very low” permeabilityを得て、100ページのdefenseレポートをまとめた。

「ハロー」と横浜の PMC のパキスタン人が電話会議の口火を切る。えっ、顧客のオランダ人青年まだ来てない?じゃあ、来るまで、「Kは来週から休暇?スキーで骨折るなよ。」この手の軽口の英語は一番わかりづらい。日本人は会話には入れない。

まず電話の前に誰がいるのかを知らせるのが電話会議のエチケット。現場の先輩から、私はいるか、と確認の声がはいる。ロンドンは心なしか震える声、おそらく引退間近の老エンジニアなのだろう。このおじいさんのコメントのおかげで2ヶ月も結論が先延ばしにされているのか。

電話会議の難しいのは相手の顔が見えないこと。最新型のTV会議ならまだ身振り手振りも使えるが、「まず試験結果の概略を説明してもらおう」という現場の顧客青年の一言により、一斉に横浜の10人の顔が私の方を向く。ロックオン!テーブルの上の電話機は俺一人に向いている。ええい、こうなれば歌って踊るだけだ。

完璧であったはずのレポートのブリーフィング。まずは、ロンドンの老エンジニアから「貴社が設計されたのは英国規格準拠ですかな?」 同僚とアイコンタクトしながら、「Yes! British Standard 8110ですよ。」「そうですか。それにはかぶりの許容値は、5 mm と書いてあるようですが。」相手の言質をとりながら追い詰める議論ゲームの始まりだ。舌先三寸で世界を相手に仕事をしてきた英国人PMCには朝飯前なのだろう。

オランダ顧客の若者もしつこい。「ひび割れの幅が 0.1 mm もないのに、ひび割れの深さは深いね。追加試験の必要があるんじゃないの。ひび割れの幅にかかわらず全部コーティングしないと設計耐用年数の30年を到底守れない!」。瞬時に反論が思いつかない!「Dr. concrete どうですか。」「・・・・・」

横浜の PMC インド人Managerは親切で公平だ。「彼はこの場では回答できない。追って書面で後日回答する、ということかな」。指摘されたことに対して反論しない場合は、認めたことと同じと言われる。これはディベートの常套手段である。約2分後、突然反論材料を思いつく。「Excuse me! ちょっと待って。この塩化物イオン透過試験はもともとあなた方お客さんの仕様書にはない方法だから、判断基準にはならないよ。評価のためにこっちが提案してあげたものだ。契約では許容ひび割れ幅までは認められている。それにしたがって設計・施工している。」

「・・・・・」

翌日、このいきさつを知らない我々のProject Managerは「Dr. concrete の話はエンドレスだね。」などとオランダ顧客のお偉いさんと話を合わせながら、何本かの柱部材は作り直しますと申し出て、残りを救うという”政治的”決着をつけたとのこと。PMが決着できるのも技術議論ゲームの積み重ねがあるからこそではあるが、うーん、今年の初黒星かな。

国際、工学というフィールドで、私はときどきこんな試合をしている。

(2008年4月執筆)