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国際分業から国際協業へ ~ ある企業の現在

 

佐々木 正和 (国際開発工学専攻 連携教授)

この日本企業はエンジニアリング会社である。エンジニアリング会社とは、石油精製や石油化学、エネルギープラント等の化学プラントを設計・建設するプロジェクトを遂行することを主な生業としている。エンジニアリング会社の業態も様々だが、この企業は生産工場を持たない専業エンジニアリング会社である。従って、工場勤務者は持たないが、プロジェクトマネージメントや契約、輸送などプロジェクト管理・遂行技術者、および化学、工学、機械工学、土木・建築工学、電気工学、制御工学などの各種専門設計技術者の集団から成り立っている。プロジェクトの規模は数億から数千億円規模と幅広いが、この企業は売り上げの概ね7割から8割を海外プロジェクトに依存している。
日本企業のグローバル化が叫ばれて久しいが、この企業でも数十年前よりインド、韓国などに海外拠点をつくり、現在、中国、マレーシア、タイの海外拠点も含めてエンジニアリングセンターとして機能している。当初は、設計作業の一部を外注するいわゆる垂直分業が中心であったが、現在では、最も歴史の長いインドの海外拠点では従業員数が本社の従業員数と肩を並べることになり、インド国内の中小規模のプロジェクトを独自に遂行するまでに至っている。この企業の日本オフィスの多数派は日本人従業員であるが、意外なほど多数の外国人が勤務しており、筆者のデスクから眺めても、インド、マレーシア、韓国からのエンジニアが勤務している。
以上、国際化という観点から華やかな部分であるが、おそらくどの企業も抱えている問題のひとつに、技術移転に伴う有形無形の知的財産の散逸が挙げられるだろう。企業が存続するためには、長年に亘って蓄積・研鑽を重ねてきた知見やノウハウが極めて重要であることは疑問の余地がない。日本の伝統的な雇用形態は、長期雇用契約に基づき、チームワークによる業務遂行であった。従って、欧米スタイルの明確な業務指示書(WorkDescription)がなく、柔軟性に富み、無形のノウハウが明文化されずとも自然に次世代に継承されるものであった。このような日本的な労務環境や考え方は、少なくともこの企業が拠点を抱えている国々では少数派であり、全ての知的財産を移転すると、重要なノウハウがその企業体から散逸し、企業体自身の存続が危ぶまれる事態になることが容易に起こりえるとする意見もある。著者は数年来に渡って海外拠点への技術移転に携っているが、企業がグローバル化する上で、初期の国際垂直分業から、水平分業、さらに技術的にも対等なパートナーとして国際協業へ進む上で様々な問題に直面するが、未だ絶対的な処方箋は見つかっていないと思う。
国際開発工学の日本人学生の方々は、卒業後、行政官や企業人として、工学技術を核として、国際交流の場面に立たれるでしょう。また、留学生の皆さんも本国や日本も含めたフィールドでご同様のことかと思います。安っぽい床屋談義になってしまったかもしれませんが、このようなことも時には考えてみることも無駄にはならないと思います。