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国際援助機関を志すエンジニアの方へ

 

** 本学出身のアジア開発銀行(ADB)職員の方より特別寄稿 **

このたび、本学出身のADB現役職員である田中靖資様が、国際開発工学科・専攻の意義や役割をご理解くださり、「国際援助機関を志すエンジニアの方へ」というタイトルで特別に寄稿してくださいましたので以下の通り掲載します。多忙極める中、寄稿してくださいました田中様に厚くお礼申し上げます。

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国際援助機関を志すエンジニアの方へ
田中 靖資 (アジア開発銀行, Asian Development Bank (ADB), 博士(工学))

アジア開発銀行(Asian Development Bank, ADB)-1966年に設置されたアジア・太平洋地域の開発途上国の貧困層に配慮した持続可能な経済成長を支援する国際機関である。本部はフィリピンのマニラにある。東京には日本事務所とアジア開発銀行研究所が設置されている。残念ながら、私が卒業した土木工学科にはその名前や活動内容はあまり知られていないようである。土木工学科の同窓会名簿を見ると、商業銀行とともに「金融」というグループに分類されている。東工大にとって、国際機関はまだ遠い存在なのであろうか。同窓会名簿に「国際機関」というグループができることを願いつつ、ADBについて紹介しよう。

ADBの国籍別職員定数は出資比率によって定められている。日本はADB最大の出資国であり、定員約120名に対して、現在ほぼ同数の日本人職員が勤務している。このうち約20名がいわゆる工学系出身者である。日本人職員のうち東工大出身は3名であり、生産機械工学科、社会工学科、土木工学科の出身者がそれぞれ1名である(土木工学科出身でADBを退職された方がもう1名)。日本人職員の中には、政府機関(財務省、国土交通省、農林水産省、環境省、国際協力機構、国際協力銀行など)や民間企業(銀行、電力会社など)から派遣されている職員もいる。

ADBのプロジェクト部門には、東アジア局、東南アジア局、南アジア局、中央・西アジア局、太平洋地域局の5つの局がある。私が所属するのは、フィリピン、インドネシア、ベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマーの交通セクタ、エネルギーセクタ、都市施設セクタを所管する東南アジア局インフラ課である。ADBに採用されて以来、Transport Specialistとしてインドシナ半島諸国の道路、鉄道、空港、通信インフラの整備に関する技術支援、プロジェクトの形成と実施管理を担当してきた。この中から、思い出深いプロジェクトを挙げてみる。

カンボジアの国道整備:2002年から5年間、カンボジアの国道整備プロジェクトを担当した。初めて国道を見たとき、これは道路なのかと思わざるを得なかった。雨季の洪水で盛土はえぐられ、路面は干上がった河底のように波打っていた。ポルポト政権下でのインフラ破壊の傷跡は残ったままとなっており、橋梁(主として木橋)は破壊されたままで放置され、乾季であれば河道を走行して迂回することができるが、もちろん雨季は通行不可能となる。特に橋梁周辺には不発弾が多数残っており、常に危険と背中合わせの移動であった。路面の凹凸が激しく四輪駆動車がその限界性能を使ってようやく走破できるような道路を2日間車で移動すると身体は内臓からへたってしまう。プロジェクトが実施される前には道路網が貧弱、かつ道路状態が劣悪であったため、都市間の移動には小型飛行機が利用されていた。こんな場所での道路建設は難航したが、プロジェクトが完了した今日、都市間の移動は短時間かつ容易にできるようになり、都市間の結びつきは強化され、国民や外国からの観光客の利便性は著しく改善された。輸送路が確保されたことにより農作物に値がつくようになり、地方の市場も活気を帯びて、道路整備の効果を肌で感じることができた。

ベトナムの高速道路建設:2002年9月、ベトナム政府からの要請を受けて、首都ハノイから中国との国境の街ラオカイまでの国道を拡幅するプロジェクトの事実確認を行うミッションに参加した。ベトナム運輸省が国道拡幅プロジェクトを企画し、首相承認を経て、ADBはプロジェクトに対する財務援助を依頼された。既存の国道を訪れてみると、拡幅することが不適当であると判断され、これに代わって高速道路の建設を推薦した。当時、ベトナムには高速道路という規格の道路はなく、政府機関には高速道路はまだ時期尚早と反対され、また国道拡幅プロジェクトを企画した運輸省の技術者からも反感をかってしまった。ADB内部でもベトナムに高速道路はまだ早いという意見があった。しかし、日本は昭和30年代後半に世界銀行からの融資で高速道路整備に着工していることを考えれば決して時期尚早ではないという確信があったことと、中国がベトナムとの国境地域まで高速道路網の整備を進めてきたことという事実があったので、自分の主張を貫いた。後にベトナム運輸省や州政府から、高速道路建設に対して賛同が得られたときには本当に嬉しかった。プロジェクトの形成段階では、高速道路を整備する組織の設立、建設コストが上昇する中で実現可能なローン返済計画の作成、25,000名を超える住民の移転計画の作成など、いくつもの大仕事があったが、これらはベトナム運輸省の努力とともに達成された。2007年12月、ADB理事会は高速道路建設プロジェクトに対するローン(約1,240億円)の供与を承認した。単一のプロジェクトに対するローンとしてはADBで過去最大の規模となった。ベトナムでも最大規模であるプロジェクトは、まもなく着工されようとしている。

メコン河の国際橋梁:メコン河は中国雲南省を水源として、インドシナ半島を縦断して、ベトナムの南部ホーチミン市から南シナ海に注ぐ大河である。メコン河はラオスとタイの国境の一部となっている。オーストラリア政府の援助により、ラオスの首都ビエンチャンとタイのノンカイ間に始めて国際橋梁が架けられた。続いて、日本の政府開発援助でインドシナ半島を横断する東西回廊の一部として、ムクダハン-サバナケット間のメコン河に国際橋梁が架けられた。私が担当する第三のメコン河国際橋梁はラオス北部とタイ北部をインドシナ半島を縦断する南北回廊の途中にある。国際橋梁は時として建設場所や費用負担の方法について利害関係が衝突してしまうことがある。ADBは2004年よりプロジェクトの当事国であるラオスの公共事業省、タイの運輸省、さらにラオスに対して財務援助を行う中国の商務省との間で、プロジェクトの実施調整という役割を演じている。インドシナ半島諸国の首脳と国際援助機関の代表らが集う会議の場で、タイの副首相から「この橋はADBがいなければ架からない。」という発言があった。これはプロジェクト担当者に対する最高の賛辞であり、忘れられない一言である。

この記事を読んでこられた読者は、国連機関、ADBを含む各地域の開発銀行、日本の政府開発援助機関に就職し、国際開発分野で活躍することを考えておられる方が多いと思う。そこでADBの職員採用について助言したい。大学を卒業してから直ちにADBに就職するということはほとんどない。国際業務経験が必要になるからである。35歳くらいでADBに採用されるのは若い方であり、50歳を超えてから採用された職員もいる。したがって、東工大在学中から英語力を身につけることやアジアの開発途上国を旅行して見聞を深めること、そして東工大を卒業してから約10年間の間にさまざまな国際業務経験と専門分野における実務経験を豊かにすることが賢明である。英語圏の大学の修士・博士課程を修了しておくことや、アジア地域の大学へ留学しておくことは有利になる。しかし、われわれエンジニアの業務は学術的専門知識を必要とすることは稀で、むしろ地域計画、経済財務分析、住民移転計画、環境影響評価、国際競争入札、スケジュール管理といった、より実務に役立つ知識と経験が求められる。エンジニアの場合、日本の政府機関やコンサルタントからADBに転職されてきた方が多い。ちなみに、私は国土交通省からの派遣職員であったが、上述のようにプロジェクトの面白さに魅せられてしまい、国土交通省を辞職してADBの正規職員としての道を歩むこととした一人である。さらにADBについてご興味がある方は、www.adb.orgを検索してみてください。

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田中 靖資 氏のご紹介

主な職歴:
昭和63年に国土交通省(旧建設省)入省、ADB派遣期間も含めて平成13年よりADB勤務。現在、ADB東南アジア局インフラ課 Transport Specialist

学歴:
東京工業大学 土木工学科 昭和61年卒業
東京工業大学 土木工学専攻:昭和63年修士課程修了
デラウェア大学 土木環境学科:平成12年修士課程修了
京都大学 交通土木工学科:平成15年博士(工学)