環境省、新たな発展指標「環境人間開発指数」を試算(H22年度版環境白書)

環境省は、6月1日発行の環境白書において、地球環境を考慮した新たな経済発展のための発展指標として「環境人間開発指数」(HeDI:Human-environment Development Index)を提唱した。(※1)

この指数では、UNDPの人間開発指数(HDI)をベースに、より先進国に沿うように指標を変更している。具体的には、経済的側面で「一人当たりGDP」を「炭素生産性(GDP/ CO2)」に、教育的側面で「成人識字率(2/3)と就学率(1/3)」を「インターネット普及率」に代替えしている(健康的側面は「誕生時点での平均余命」で変更なし)。(※2)

その結果以下の図にあるように、日本は10位から6位に順位が上がっている。

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出典:環境省「平成22年 環境・循環型社会・生物多様性白書の概要」

<コメント>

このような複合指標(指数)による国際ランキングは、その一つの指数の順位自体に一喜一憂するべきではない。むしろ、様々な指標を組み合わせたときの順位の変動を追うことによって、自国のどのような面が国際的に特徴的なのかを自覚することが重要なのである。他国との違いが自然条件や文化的側面であるならばそれほど問題はないが、同じような背景の国において、ある指標が著しく劣っているならば、その指標は特に改善する余地のある点であることが分かる。また、GHG排出量などになれば、その国の伝統的な産業構造や価値観まで含めて否応なしに対策を考える必要が出てくる。もちろん違いを自覚した後に、実際にそれを改善するかは国益とも絡むので自国で(内政干渉なしに)徹底的に議論される必要があるが、少なくともこのような複合指標が建設的な議論を生むことは間違いないだろう。

今回の環境省の試みは、持続可能な形での成長を自ら経年評価していこうという姿勢自体は大いに歓迎できるが、肝心の改良した指数(HeDI)が、個人的な印象として日本にとって都合のいい数字を採用しているように思える。そのため、この指標をどのように活用するのかについては慎重な議論が必要だと考える。構成要素について(やや穿った見方が結果的に多くなっているが)順を追ってコメントする。

・経済的側面

環境制約を含んだ経済面の評価のための指標として「炭素生産性」(GDP/CO2=一人当たりGDP/一人当たりCO2)を用いているが、これは簡略な評価指標としては極めて妥当だと考えられる。この絶対値としての数字上では、日本はかなり健闘していると予想される。しかしながら、これは京都議定書の第一約束期間の基準年である1990年以前の企業の省エネ努力の遺産によるところが大きく、こらから温室効果ガス排出量を削減しましょうと国際的に決定した後の努力が隠されてしまっている。日本は、バブル崩壊でその後の20年でGDPがほとんど伸びていないにも関わらず(家庭部門の排出の伸び、及び原子力発電所稼働率低下・石炭火力発電の増設などが原因で)CO2排出量をかなり増やしていることなどを考えると、もし1990年からの改善率で見たら結果は大きく異なるのではないかと推察される。

また、日本にとって影響の大きい食糧(穀物、肉、飼料等)の輸入に伴うカーボンフットプリント/ウォーターフットプリントや、生物多様性を考慮していないことに注意が必要である。これらの面についてはWWFのLiving Planet Report(※3)などを別に参考にするとよい。

・健康的側面

健康面を測るのであれば、先進国は疾病に関するデータも揃っているわけなので、WHOの定義による「健康寿命(Disability-Adjusted Life Years:DALY)」(※4)の方が、適しているだろう。

この場合、日本の数字は通常の平均寿命と他国との相対的な順位はそれほど変わらず、おそらく現在も世界トップのはずである。これは、日本が誇ってよい部分だろう。ただし、日本の医療が充実しているかと言えば、もともと相対的に健康な日本を、医療関係者の激烈な勤務状況によって、低い社会的コストでなんとか維持してきたと捉えるべきだろう。また、不幸の尺度という観点で観れば日本の自殺率が高いことは周知の事実であり(最近はネット依存度が高い韓国の異常なまでの自殺増加があり、そちらの方が個人的には心配だが)、これは健康寿命を算出する際に含まれる精神病による割引を若干低くしているのではとも感じる。でも、自殺すると平均寿命が下がるので結局はきちんと考慮されているのだろうか。

・教育的側面

インターネット普及率が最も適切に先進国の教育側面の評価する指標だとは思わない。茂木健一郎氏は、いまやインターネットによって「知識はエリート階級の独占物ではなくなった」と述べているが(※5)、基礎的な言語的・数学的訓練や、そこにたどりつくまでの勉学意欲はやはり質の高い教師による教育が必要だと私は考える。理想としては、そのような教育があまねく生徒になされることが望ましいだろう。そこで、センのCapability Approachの観点から見れば、先進国では識字率・初等教育への就学率などはそれほど問題ではないので、高等教育への進学志望者の進学率(失業率の教育版のようなもの)を採用するべきだと考える。また、日本の教育格差などを考えると、親の経済的な事情ではなから大学への進学を諦めている生徒も多くなっているのではないか。したがって、学費の私費負担率や、奨学金の充実度なども補助的に考慮されてよいだろう。(※6)

総論としては、とりくみ自体は評価できるもののその内容はかなり生煮えであり、内閣府の幸福度指標の開発(国内では4月末に国民生活選好度調査として発表されている(※7)、5月末にはOECD閣僚理事会で世界共通版の作成を日本が提案している(※8))との連携など、政府全体としてのさらなる発展的な活用が期待される。

<蛇足>

今年度の白書は6月に印刷版が発行されているのだが、8月になってもまだフルバージョンをウェブでダウンロードできないというのは(公務員の人的不足があるのは承知の上で)やや問題があるように思う。

<注および参考リンク>

※1「平成22年 環境・循環型社会・生物多様性白書の概要」スライド17

http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/

※2 みずほ情報総研、「幸福度と『持続可能性の指標』」、2010年6月22日

http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/column/social/2010/0622.html

※3 WWFから2年毎に発行されており、最新のレポートが2010年10月に発行予定。

http://wwf.panda.org/about_our_earth/all_publications/living_planet_report/

※4 WHO最新のデータでも2004年なので、データの時期の整合性を考えるとやや問題 がある。総務省統計局からのリンクhttp://www.stat.go.jp/data/sekai/02.htm#h2-16

※5 茂木健一郎、脳を活かす勉強法、PHP研究所、2007、p.111

※6 OECD(=経済協力開発機構)によると、日本の教育機関への財政支出はGDP(=国内総生産)の3.3%と、OECD28か国中、トルコに次いで2番目の低さだった。さらに、政府の予算に占める教育関係費の割合は9.5%と最下位となっている。

http://www.news24.jp/articles/2009/09/08/07143390.html

※7 内閣府「平成21年度国民生活選好度調査」

http://www5.cao.go.jp/seikatsu/senkoudo/senkoudo.html

※8 日本経済新聞5月28日「『幸福度』に世界指標、OECDに日本が提案  12年メド計測方法検討」

http://blog.livedoor.jp/stellaford/archives/51844254.html

文責:町田

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