下水処理場での水温観測に基づく都市下水道の水・熱輸送に関する研究

東京工業大学神田研究室 中山 有

 以下は水文・水資源学会誌に提出した以下の論文を要約したものです。

 またこの研究で用いた水温観測データをダウンロードすることができます。


目次

  1. 概要
  2. はじめに
  3. 観測概要
  4. 下水処理場の水温挙動
  5. 都市下水道の水収支
  6. 都市下水道の熱収支
  7. 結論

概要

 近年,ヒートアイランド現象をはじめとした都市の熱環境が悪化する傾向にある.気圏に対する都市の熱的影響については多くの研究がある一方,水圏に対する熱的影響はあまり明らかになっていない.そこで本論文では都市と水圏の境界にある下水処理場で水温観測を行い,都市下水道の水・熱輸送実態を明らかにした.以下に得られた結果を述べる.

  1. 下水道を流れる下水のうち,土壌から下水管への浸出水は下水全体の約2割を占める.
  2. 都市活動で排水に付加された熱は都市でのエネルギー利用全体の1割(年間値)に相当する.
  3. 夏季に水利用に伴って付加された熱は下水道を流下する間に土壌への熱伝導によってその40%が減ぜられて水圏へと放流される.
  4. 冬季に水利用に伴って付加された熱は下水道を通ってそのまま水圏へと放流される.

はじめに

 近年,ヒートアイランド現象をはじめとした都市の熱環境が悪化する傾向にある.都市は気圏と水圏に囲まれているが,都市の熱環境を調べるにあたって気圏に対する都市の熱的影響は地表面熱収支や数値計算など多くの研究がある一方,水圏に対する熱的影響はあまり明らかになっていない.しかし,下水処理場からの放流水温は近年上昇傾向にあり,都市から流出する水は近接する水圏に熱的な影響を及ぼすと考えられる.また水の移動に伴って熱も移動するため,都市を流れる水は都市の熱環境に大きく関わっている可能性がある.したがって水圏に対する熱問題に対しては気象学的アプローチではなく水文学的アプローチに基づく都市熱環境の研究が必要である.

 都市水文学の大きな特徴の一つとして人工的な水の入力である上水道と人工的な排水系である下水道があげられる.特に下水道は上水利用に伴って水に付加された熱を輸送しており,都市の熱輸送に大きな役割を果たしていると考えられる.また下水道下流端に位置する下水処理場は都市から水圏へと下水を放流する境界であり,都市全体の水収支の中で重要な位置にある.水の移動は熱の移動を伴うため,熱収支においても下水処理場が重要であるのは変わりない.しかし,各下水処理場では水質検査の1項目として1日1回,平日にのみ水温計測が行われているのみであり,熱に関するデータの整備状況はあまりよくない.

 水文学的に都市の熱的影響を扱った研究には下水処理場からの放流水温のモデル化があるが,これは前述の1日1回のデータを用いたものであり,水温の時間変化や降雨など非定常の問題には触れていなかった.

 そこで著者らは水・熱輸送の起点である都市住宅地と都市と水圏の境界である下水処理場を対象に水収支・熱収支観測を行った.都市住宅地における観測については過去の報告を参考にされたい.本論文では後者の都市の下水処理場における水温観測に基づき,時間単位での水温の変化と,下水処理区における水収支・熱収支を観測から明らかにした.


観測概要

各下水処理場と各処理区の分布

図-1 各下水処理場と各処理区の分布

 対象に都区部13カ所のすべての下水処理場を定めた.都区部には芝浦,三河島,砂町,森ヶ崎,中川,みやぎ,有明,小菅,葛西,落合,中野,新河岸,浮間水再生センターの13処理場がある(図-1).いくつかの下水処理場はその集水域である処理区を共有しており,都区部は10の処理区に分けられる.

 水温は2003年8月下旬に各処理場に水温計を設置し,2005年4月まで測定を行った.なお本論文における解析対象期間は2004年1月から12月までの1年間である.測定にはOnset社の水温計データロガー,HOBO Water Temp Proを用いた.水温計は流入側,放流側の各処理場2個所に設置した.また下水処理場を通過する熱量を知るためには水温だけではなく流量も調べる必要がある.流量は各処理場で管理している処理場への流入量,処理場からの放流量のデータを東京都下水道局から提供していただいた.

 下水処理場での水・熱フラックスは都市全体の系からの出力に相当するが,系への入力には降雨,上水があり,それぞれ東京都土木技術研究所,東京都水道局よりデータを入手した.


下水処理場の水温挙動

水温季節変化

下水処理場へ流入する下水の水温と下水処理場から放流される処理水の水温の季節変化(13処理場の流量重み付け平均値)

図-2 下水処理場へ流入する下水の水温と下水処理場から放流される処理水の水温の季節変化(13処理場の流量重み付け平均値)

 下水処理場へ流入する下水(流入水)の水温と下水処理場から放流される処理水(放流水)の水温は類似の挙動を示し,冬は約18℃,夏は約28℃になる(図-2).それぞれの温度は各処理場の水温を各処理場の流入水量で重み付けし,平均をとったものである.冬の東京の気温は1月の平均気温で6.3℃(気象庁東京,2004年)なので,気温と比べるとかなり高い.一方夏は気温が28.5℃(同)であるために温度差は小さい. また流入水温と放流水温は冬にほぼ等しく,夏に放流水温がやや高く,処理場で下水に熱が加えられていることを示唆する.下水処理場で流入水温と放流水温が異なる理由には日射,生物反応熱,潜熱,顕熱などが挙げられる.このうち日射,生物反応熱は水槽の水温を上げる方向に,潜熱,顕熱は下げる方向にはたらく.今回の東京都23区のケースについては一部の下水処理場の水槽が屋外にあることから,顕熱や日射の影響が大きいと予想される.特に冬には,気温に対して下水水温が高いことから顕熱の影響が大きいと考えられる.

 降雨時には水温が下がる傾向があり,降雨が下水に比べて冷たいことが予想される.つまり降雨が都市から放流される熱を緩和していると考えられる.

水温日変化

下水処理場へ流入する下水の水温の日変化(無降雨時アンサンブル平均,13処理場の流量重み付け平均値)

図-3 下水処理場へ流入する下水の水温の日変化(無降雨時アンサンブル平均,13処理場の流量重み付け平均値)

下水処理場から流出する処理水の水温の日変化(無降雨時アンサンブル平均,13処理場の流量重み付け平均値)

図-4 下水処理場から流出する処理水の水温の日変化(無降雨時アンサンブル平均,13処理場の流量重み付け平均値)

 図-3,図-4はそれぞれ各処理場への流入水量で重み付けした全処理場の無降雨時平均流入水温と放流水温である.無降雨時の条件は過去12時間の積算降雨量が1mmを越えない値を無降雨時のデータとし,降雨データには東京都土木技術研究所提供の62地点10分データを用いている.

 流入水温も放流水温も1日でほとんど変化しない.日較差は流入水温で1℃,放流水温で0.5℃である.また流入水温は午前中に最大値をとる傾向があり,夜の風呂利用の水が時間遅れをもって下水処理場に流下しているためと考えられる.放流水温は明確なピークを持たない.これは下水処理場の滞留時間の間に水が混ざり合うためと考えられる.したがって下水処理場は下水の水温を平滑化し,水圏へと放流する特徴を持つ.

 流入水温のピークが午前中にあり,放流水温のピークが明確に現れないため,水温の時間変動の概形には変化が見られる.いくつかの下水処理場(例えば,みやぎ処理場)では放流側に正午ごろにピークが見られるが,これには下水処理場での滞留時間と日射の影響があるためと考えられる(図-5).みやぎ処理場では滞留時間は約10時間であるため放流側でピークが遅れると考えられ,さらに水槽が屋外にあることから日射の影響を受けて昼に水温が上がると考えられる.

下水処理場へ流入する下水と下水処理場から流出する処理水の水温の日変化(無降雨時アンサンブル平均,みやぎ処理場)

図-5 下水処理場へ流入する下水と下水処理場から流出する処理水の水温の日変化(無降雨時アンサンブル平均,みやぎ処理場)


都市下水道の水収支

都市の水の流れ

都市の水収支概念図

図-6 都市の水収支概念図

 都市の水の流れは図-6のように考えられる.都市域を流れる水はおおまかに人工排水系と自然排水系に分けられる.人工排水系では上水が系に入ってくる水であり,一部は漏水によって都市の地下水を涵養する.利用者に供給された水は住宅であれば洗濯・風呂などの水利用を経て下水道へ排水される(以下,生活排水).自然排水系では降雨が系に入ってくる水であり,一部は蒸発する.残りの降雨量のうち,不浸透面に降った雨は表面流出としてすぐ下水道に流れ,浸透面に降った雨は地中へ浸透する.浸透水は降雨から時間を経た後,下水管の継ぎ目等から下水道へ浸出する(以下,浸出水)分や,地中での貯留分,地下水として流去する分となる.下水道に流された生活排水,表面流出,浸出水は下水処理場へと流下し,処理の後,河川・海へと放流される.降雨時には下水流量が増すため,下水処理場はすべての下水を処理することはできず,一部の下水はポンプ所・雨水吐き口から河川・海へと放流される.

計算方法

 計算方法については論文を参照のこと。

結果

都市の年間水収支(東京都23区,2004年,*は文献(Moriwaki and Kanda, 2004)より, **系の残差-376mmは水道管からの漏水・系外からの流入による)

図-7 都市の年間水収支(東京都23区,2004年,*は文献(Moriwaki and Kanda, 2004)より, **系の残差-376mmは水道管からの漏水・系外からの流入による)

 年間の積算値を示す(図-7).都区部へ入ってくる水である降雨量と上水流量は同程度であり,上水流量がやや多い.したがって当然のことながら,東京の水需要をまかなうには東京に降る雨だけでは足りない.

 また下水道下流端を流れる水の起源をみると,2割強が浸出水(QL/QO=22%),2割強が表面流出水(QS/QO=23%),残りの6割弱が水利用後に排出される水(QI/QO=54%) である.下水道を流れる水の半分近くが自然起因であると考えると,下水道は単に人間活動に伴う排水を流すだけでなく,地下河川としての役割も持っていると言える.下水管が土壌からの浸出水を排水しているという現象はすでに報告されているが,ここで計算した浸出水と全下水の比QL/QO=22%は東京都試算の22%と同じ値が得られることが確認できた.

 東京都23区の水収支を調べた研究には賈によるものがあり,これと比較すると賈は下水道への浸出水を190mm(本研究では746mm),と評価しており,本研究に比べて浸出水量が小さい.この違いは,土壌に対する水の出入りから計算する本研究の手法と,浸透過程をモデル化して計算する賈の手法とで用いる方法が異なっているためではないかと考えられる.しかし,浸出水を除けば賈の研究と本研究で大きな差はない.

 人工排水系の水収支は閉じているものの,自然系の水収支(式(3))については土壌への貯留dS/dtと系外への流出QAが不明なままである.これらは式(3)の残差として-376mmとなる.図-7は1年間の水収支なので経年変化を無視すれば土壌への貯留dS/dtはゼロであり,この残差は系外への流出QA(ただし負号がついているので実際には系外からの流入)と考えられる.この水収支では上水から土壌への漏水を含めていないため,また東京は西に多摩丘陵があるため,地下水が流入し,この残差の分を補っていると考えられる.

 なお,補間による方法で求められた降雨時の浸出水量算定精度に20%の誤差があった場合,年間の水収支算定結果では,浸出水量(無降雨時含む)に4%の誤差,洪水吐きからの流出量に13%の誤差が生じることとなるが,水収支全体に与える影響としては小さい.


都市下水道の熱収支

都市の熱の流れ

都市の熱収支概念図

図-8 都市の熱収支概念図

 水の移動に伴って熱も移動するため,人工排水系の熱の流れは水の流れと似た図-8のように考えられる.まず都市に供給された上水HIは水利用(例えば風呂,炊事)に伴い熱DHUを付加され,下水道に排水される.排水された下水は土壌から下水管内に浸出する地下水HLと降雨時には表面流出水HSを集める.下水は流下するにしたがい管外との熱伝導DHG を通じて熱を失う(式(5)).流下した下水HOは下水処理場へ流入する(HTP1)が,降雨時に一部はポンプ所・雨水吐き口を通って河川・海に放流する(HP, HOW)(式(6)).下水処理場では下水処理の間に熱の加減DHTPがある(式(7)).処理の後,下水は放流水HTP2として河川・海へ放流される.

計算方法

 計算方法については論文を参照のこと。

結果

 まず水利用に伴う付加熱について述べ,次に熱輸送の季節変化について述べる.

水利用に伴う付加熱

 2004年の1年間に東京都区部で水利用に伴って付加された熱量DHUは38423 TJ(単位:テラジュール)となった.この値を東京都区部の年間エネルギー消費量(家庭部門と業務部門の合計,1998年推計値,東京都環境局,2001)と比較すると9.2% となった.したがって都市で利用されたエネルギーの1割弱は水圏へと,残りの9割は大気へと排出されていると考えることができる.木内(2004)は水利用に伴って付加される熱量を水利用の様態をモデル化して計算しているが,その値は36135TJであり,かなり近い値が得られている.

 この値を地表面熱収支で一般的に用いられる単位面積あたりの値に直すと2.0 W m-2となり,住宅地(久が原)での値1.2 W m-2(中山ら,2006)よりやや大きい値が得られている.値が異なる理由はここで計算した値が住宅地だけではなく商業地・工場を含んでいるため,また浸出水等その土地の条件で計算結果が左右されてしまうためと考えられる.

熱輸送の季節変化

都市の夏季熱収支(東京都23区,2004年8月)

図-9 都市の夏季熱収支(東京都23区,2004年8月)

都市の冬季熱収支(東京都23区,2004年2月)

図-10 都市の冬季熱収支(東京都23区,2004年2月)

 熱輸送の季節変化を見ると,水利用に伴い都市で付加された熱DHUは冬に大きく,夏の2.3倍に達する(図-9, 図-10).また,水圏へと放流される熱量HTP2も同様の傾向を示しており,水圏は冬に都市の排出熱の影響を強く受けると考えられる.下水道で下水が失う熱,つまりDHU-HTP2は夏に大きく,冬に小さくなっているがこれには以下に述べるような下水道の熱輸送機構が関係している.

 夏季にはDHUに比べてHTP2は約40%に減少している.下水の流下過程でこの熱的変化に大きく影響を及ぼしているのは下水から土壌への熱伝導と下水処理場での熱付加である.

 1点目の下水から土壌への熱伝導DHGは水利用に伴う付加熱の半分に達し,40%の減少に大きく寄与している.下水は流下する間に土壌に大量の熱を放出しており,逆に見ると土壌は下水道によって暖められる傾向にあるといえる.実際,東京の地中温度が長期的に上昇しているという報告(三浦・尾島,1985)もあり,下水道の普及が地中温度の上昇の一端を担っている可能性がある. 2点目の下水処理場での付加熱DHTPは都市で付加されるDHUの約20%にのぼり,その原因として水温日変化で考察したような顕熱や日射等の影響が考えられる.

 下水から土壌への熱伝導DHGが下水処理場での付加熱DHTPに比べて大きいため,全体として都市での水利用に伴う付加熱の40%が下水道で失われて水圏へと放流されている.水圏にとって下水道は都市からの排出熱を緩和する働きがあるといえる.

 冬季には夏季と異なり,DHUとほぼ同等のHTP2がそのまま水圏へと放流されている.これは下水の流下過程での土壌への熱伝導も下水処理場での付加熱も都市での水利用に伴う付加熱に比べて小さいためである.

 下水から土壌への熱伝導は夏と同様下水から土壌への向きに熱輸送されているが,冬季には下水と土壌の温度差が小さくなるため,その値はきわめて小さくなる.

 下水処理場での付加熱は他の熱フラックスに比べて小さく,下水の熱輸送に大きな影響を与えない.わずかに負の値となっているのは水温日変化で述べたように水槽から大気への顕熱が大きいためではないかと考えられる.

 全体としてDHUは夏季よりも冬季のほうが大きく,しかも冬季には下水道で熱を失わないため,水圏への熱的影響は冬季に大きくなる.

結論

 下水処理場における水温観測と水収支・熱収支にかかわる諸データに基づき,以下の結論が得られた.

  1. 東京都23区の水収支が以下の2点で特徴付けられることが,既知の知見に加えて今回の調査によっても裏付けられた.当該地域の降水量を越える上水流量が都市に供給されている.また算定方法に課題を残しているものの,土壌から下水道へ浸出する地下水量が下水処理場での処理流量の約2割を占めていることが分かった.
  2. 都市活動で排水に付加された熱は都市でのエネルギー利用全体の1割(年間値)に相当する.またこの割合は水・熱利用をモデル化した計算とも一致する.
  3. 夏季に水利用に伴って付加された熱は下水道を流下する間に土壌への熱伝導によってその40%が減ぜられて水圏へと放流される.
  4. 冬季に水利用に伴って付加された熱は下水道を通ってそのまま水圏へと放流される.

謝辞

 本研究を進めるにあたって東京都下水道局および各水再生センターには水温計設置の許可をはじめとして多大なご協力をいただいた.また本研究で用いた上水配水量・上水水温,降水量のデータはそれぞれ東京都水道局,東京都土木技術研究所からご提供いただいた.各機関の担当の方々には厚くお礼申し上げる.この研究の実施にあたっては科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(代表:神田学)の支援を受けた.ここに謝意を示す.

文責:中山 有
nakayamayu+lab%gmail.com
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