Concrete Mixed with Seawater

研究の背景

現在,各国が定める基準(例えば,JIS, ASTMなど)では,鉄筋コンクリート構造物への海水・海砂の使用が禁止されている。これは,海水・海砂中の塩化物イオンがコンクリート自体の物性の変化をもたらすとともに,コンクリート中に埋設された鉄筋の腐食を誘発する恐れがあるためである。実際に,我が国では高度経済成長期に建設された一部の鉄筋コンクリート構造物に海砂が使用され,建設時の不具合(初期欠陥:例えばコンクリートかぶりの不足や乾燥収縮ひび割れ,コールドジョイントなど)と相まって,早期に構造物の劣化が顕在化した事例が報告されている。
 他方,国連により,2025年までに全世界で約50億人の人々が飲み水さえ確保困難な状況に陥るという試算が報告されている。このような水不足の状況の中,「海水を淡水浄化する技術の高度化・実用化」を行うとともに,「海水を淡水代替として直接利用する方策」をあらゆる分野で検討する必要がある。しかしながら,後者に関する事例はあまりなく,特に,冒頭に記述した理由から,コンクリートの分野で積極的に検討した事例はほとんどない.建設材料として多用されているコンクリートの製造においては,練混ぜ水および設備の洗浄用として多量(レディーミクストコンクリート用の練混ぜ水として過去10年間で約20億立方メートル)の淡水が使用されている。この淡水の代わりに海水を利用することができれば,将来的に予想される水不足の状況下において有効な手段になり得ると期待される。加えて,遠隔離島では,厳しい環境条件による島の浸食を低減するため多くのコンクリートが使用されているがその練混ぜ水を本土で確保し運搬しなければならないという課題がある。また,砂漠等の乾燥地域では,現時点でも飲み水を確保することがやっとであり,コンクリート用の練混ぜ水を確保することが困難な場合がある。上記のような理由から,今後禁忌されているコンクリートの練混ぜ水としての海水利用の必要性が高まってくると予想される。
 上記のような,海水を用いたコンクリート(以下,海水練りコンクリート)の劣化に対する抵抗性の向上が期待できる材料として,コンクリート用混和材(高炉スラグやフライアッシュなど)が挙げられる。高炉スラグについては製鉄所から,また,フライアッシュについては石炭火力発電所からそれぞれ産出される副産物であり,いずれもセメントの一部に置換・混合して使用される。これらにより,コンクリートへ侵入する塩化物イオンをセメントマトリックス相に化学的に固定化でき,併せて十分な養生を行うことによりコンクリートを緻密化できるという利点がある。このため,海洋環境に曝されるコンクリート構造物への利用が推進されている。これらの材料を海水練りコンクリートに応用することにより,海水中の初期の塩化物イオンを水和生成物に取り込こみ,鉄筋腐食を誘発する自由塩化物イオン(固定化されずコンクリートの細孔溶液にイオンとして存在する塩化物)の減少が期待できる。また,コンクリートを緻密化することにより,外環境から侵入する塩化物イオンの浸透抑制が期待できる。これらの特長からコンクリート用混和材を使用することにより,海水中の塩化物イオンによる鉄筋コンクリートの劣化速度を低下させ,長期の耐久性を確保できる可能性がある。