2009/7/28

ICUC7 報告記事
神田学准教授 著

以下は、日本気象学会誌「天気」に掲載する報告記事のために書き下ろしたモノであるが、せっかくなので、研究室のHPにもアップする事にしました。
「天気」には、私の記事だけでなく参加者によるセッション報告なども掲載される予定です。

1. 国際都市気候会議(ICUC)とは

  国際都市気候会議(International Conference on Urban Climate)とは、都市気候研究に関する唯一の国際機関であるIAUC (international Association of Urban Climate)によって、3年に1度開催される国際会議である。第1回のICUCが1989年に中村泰人氏によって京都で開催されて以来、ダッカ(バングラディッシュ)、エッセン(独)、シドニー(豪州)、ウッジ(ポーランド)、イエテボリ(スエーデン)、と世界中をリレーし、今回、日本に戻って横浜で第7回ICUCの開催となった。3年に一度のオリンピックだ。ICUCは、(i)日本の積極的な貢献、(ii) ボランティアベースの手作り運営、(iii)国際色・学際色豊か、といった点で、とりわけ米国主導型の多くの国際会議とかなり異なった趣がある。ここ数年、理事としてIAUCの運営に参加し、学会の運営のあり方についてもいろいろと考えさせられることが多かった。国際会議報告の前にその当たりの事情から説明させてほしい。

2. IAUCの運営

(1) ボランティア精神
  IAUCはわずか千数百人の会員からなるとても小さな国際組織だ。箱モノとしての事務局も持たなければ、年会費もない。誰でもIAUCのホームページから常時、無料で直ちに会員になる事ができる(http://www.urban-climate.org/)。運営を担うのは理事会である。理事会は10名程度から構成され、任期4年である。国際会議の際に理事会で顔を揃えるだけで、全ての会議はメール上で行われる。会員は誰でも理事に立候補でき、会員のメール投票によって選出される。メーリングリストの運営、学会誌に相当するNews Letterの発行、文献・会議情報、ICUCの開催などは、予算ゼロで、会長を含む全ての理事と立候補ボランティアによって行われる。会長だ、理事だ、と言っても、よくある名誉職ではなく、相当重い実労働を負う。これで回るのか?と思われる方もいるかも知れないが、重層なヒエラルキーを持たない分、フラットでフットワークの軽い学会運営にコミットしたいと手を挙げる若手・中堅会員は後を絶たない。
(2) 若手が主役
  この分野で話題性のあるJournal論文を出した30代の若手が、IAUC運営に積極的である。理事会の構成メンバーは30〜40代が中心であり、2代目、3代目の会長も40代である。60代以上の重鎮は静かにこれを見守り、Luke Howard賞という学会賞(毎年1名)でご高齢の先生の業績・貢献に敬意を表している。IAUCはこの賞の他に、Japan PrizeやWilliam Lowry Awardsがあるが、いずれも開発途上国支援のための賞である。賛否両論有ろうが、IAUCの中核を担う若手・中堅層にあえて賞を設けないのも1つの妙であると思う。この層はIAUC運営にコミットし重責を担う事で、周囲からRespectされ、かつまたEncourageされるのである。なお、Luke Howard賞の賞状(Certificate)のデザインは、IAUC創始者であるTim Oke教授自らが行った。とことん手作りである。
(3) 国際性・学際性
  都市気象というのは複合研究領域であるから、IAUCは実に様々な分野の研究者から構成されている。これに相当する国内組織も存在しない。国内研究者にとっても3年に一度ICUCの際に顔を合わせるのが貴重な機会になっている。気象・地理・建築・土木・都市計画・リモセン・医学などなど、アプローチや価値観に共通基盤を持たず、そのハチャメチャなところが学際的で面白い。普段使わない前頭葉がビンビンと刺激される。参加者は世界的に分布しており、アメリカの影が比較的薄いこと、途上国が多いことも特徴である。アメリカは自国組織であるAMS=America Meteorological Societyが都市気象分野の役割も包含しているのだろう。日本は最大の参加人数であり、理事会や賞の創設(中村氏のJapan prize)、ICUC参加・運営などで積極的に貢献している。

3. ICUC7の概要

(1) 雨に濡れる横浜で
  ICUC7は、2009年6/29日から7/3までの一週間、横浜パシフィコで行われた。何故、よりにもよって梅雨時期なのか?多くの国籍の参加可能状況を調べた結果、最大公約数的にこの日程がベストなのである。3年前のイエテボリでの会議も6月であった。会議の大きな楽しみであるソーシャルプログラム (i) 横浜ベイクルージング・ディナー、(ii) バンケットディナー(屋外テラス)は、雨が降ってしまうと台無しだ。しかし、実行委員の要である森脇亮氏が無類の晴れ男であるためなのか、私の普段の行いが良すぎるのか、これらのイベントの時だけ時間を計ったように停滞する梅雨前線からの雨がぴたりと止み、参加者は多いに横浜ナイトを楽しんだのであった。
(2) 国際会議は国の顔だ
  国際会議は、国の顔だ。私には横浜以外の開催地は考えられなかった。成田からの利便性、街並みの洗練度、歴史・文化の重み、ホテル充実度、海外からの客人をもてなすのはここしかない!大学のセミナー室と場末のホテルでは物足りない。折しも、MM21から山下公園に至るデート向き湾岸プロムナードが整備され、また横浜開国150年記念期間でもあり、お洒落だ、清潔だ、親切だ、と参加者や理事から大好評であった。しめしめ。一時は、高額な参加費ゆえ、東工大での開催に変更せよとのプレッシャーもあったが、屈しなくて良かった。結果として、約40カ国から、約400名もの参加者を得る事が出来た。日本人160名、外国人240名と、海外からの参加者も多く、おもてなしの心が報われた。
(3) 心配の種が尽きません ―経済危機にインフルエンザ
  しかし、開催にこぎ着けるまでには、心配の種が尽きなかった。まずは、サブプライムローン問題に起因した経済危機。当初、参加登録数がなかなか伸びず、収支が成り立つのか不安であった。母体のIAUCは予算0なので、赤字計上となれば、私の身銭で補填しなければならない。選挙じゃあるまいし、国際学会主催して借金なんて聞いたこと無いぞ。このあたりは、会費ゼロ学会の最大の泣き所であると言えるであろう。開催直前には、追い打ちをかけるように、新型インフルエンザの問題が勃発して、キャンセルが出始めると、会議そのものが行えるかどうかが危ぶまれ、問い合わせに「対策はばっちり、問題有りませんよ」と応じながらも、子ウサギのように小心な私は眠れない日が続いた。
(4) 強力な国内実行委員
  実行委員は分野横断的に、気象分野(藤部文昭・菅原広史・日下博幸)、建築分野(森山正和・持田灯・足永靖信・森川泰成)、土木分野(神田学・森脇亮・稲垣厚至)、地理分野(一ノ瀬俊明)、大気環境分野(近藤裕昭)で組織された。実行委員は、その分野でバリバリに活躍されている方々であり、参加者を募る上で、また会議そのものでご活躍頂く上で、極めて強力な体制であった。国内で馴染みの薄い横断的会議ゆえに、実行委員は、各分野のメールリスト・学会誌、場合によっては電話によって参加を呼びかけることまでして頂き、結果として、普段ICUCに参加されない方、今までICUCを聞いた事も無かった方が、多数参加してくださった。このICUC7を契機に、都市気候研究の国内的な結束・連携がさらに強める方向に発展していくことを願っている。藤部文昭氏、足永靖信氏にはPlenaryでの招待講演もやって頂き、日本の研究レベルの高さを発信することが出来た。また、ほぼ全員の実行委員に座長をお願いした。
(5) Simple is beautiful
  国内実行委員会は結局1度しか開催せず、多くの裏方事前準備を、主催者(神田)に近しい森脇・稲垣氏と、秘書の岡本祐子女史、だけでこなすことにした。確信犯である。私も、国内学会準備の一部をお手伝いする事があるが、役割分担が細分化されればそれだけ実行委員会の数と情報のやりとりは指数関数的に増大する。並列数が増えると実計算よりも通信に時間がかかってしまい計算効率が落ちるのと同じだ。ただし、このようなやり方が成立するのは、とてつもない性能を有するモンスターCPUの存在が不可欠だ。今回の場合、それが森脇亮氏であった。私がプログラム・時間割の作成を行い、森脇氏は会計・催事・代理店対応などの要の仕事を、一人軍隊さながら、超人的なマネージメント能力を発揮してこなした。公の紙面を借りて、私ではなく、彼が真の主催者であったことを申し上げておきたい。若い人の潜在能力というのはすごいモノで、会議の運営は10数名の東工大・愛媛大の学生諸氏の獅子奮迅の活躍がこれを担った。菅原氏と防衛大の学生さんのヘルプも強力だった。
(6) 肝心の会議の方は?
  こぼれ話ばかりが異常に長くなり、紙面が尽きかけてきた。会議の様子も少し報告しておこう。口頭、ポスター、それぞれ200件ほどエントリーされた。口頭一件で15分確保するので朝8:15分から夕方17時過ぎまで、2部屋並列開催で5日間ぎっしりの過密な会議であった。しかし、フランス人さながら昼飯時間を90分と長く確保し、会場近くのQueens Squareで豊富なレストラン群から好きな昼飯選択が出来るためか、意外に疲れなかったという声が多かった。コーヒーブレークも45分を午前午後1回ずつ(この間にポスターが行われる)と比較的余裕があったのが良かったのかもしれない。事実、朝一や夕方最終のセッション、あるいは最終日のセッションは、人がいなくなり寂しい状況になるのが学会の常であるが、多くの参加者が最初から最後まで真面目に参加し、受付業務の旅行代理店の人も、こんなアットホームで参加状況の良い国際学会は初めてだ、と言ってくれた。会議のテーマは従来のICUCと大差ないが(http://www.ide.titech.ac.jp/~icuc7/)、数値計算研究がかなり増殖しており、検証のための地道な観測や実験が漸減している。数値計算先行はどの分野も同じかもしれないが、実験・観測・理論などの基礎アプローチをおろそかにすべきではない、と強い危機感を覚えた。その中で、酒井敏氏企画の「シェルピンスキーの森」見学会は一石を投じるものであった。
(7) 祭りが終わって
  主催者がこんなことを言うのもおかしいが、ICUC7は大成功であったと思う。我々よりずっと上手な英語で発表した学生達も盛んに外国研究者と交流し、相当自信をつけたようだ。その教育効果は計り知れないものがある。森脇氏は、打ち上げで学生からの寄せ書きに号泣し、それを見て学生達も号泣していた。確かに、国際会議の主催は寿命を縮める重労働であったが、自分のアカデミックキャリアの中でも忘れられない最高の経験の一つになった。

  これを読んでいる都市気象に関心のある若手の方。是非、IAUCに参加してみませんか?めちゃめちゃ、楽しいですよ。私は遅いデビューで30才の時に都市気象に足を踏み入れましたが、IAUCでの経験を通じて、学問の本当の面白さと真の学際性・国際性とは何なのかを教えてもらった様な気がします。


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