能動的情報選別法

1,はじめに

 情報であふれかえる現代社会。玉石混淆の情報の山から如何にして自分に有用な情報を効率的に引き出すのか。陳腐だがワシの方法を以下に紹介しよう。取捨選択は、学生諸君に委ねるので、もっと良い方法がある、と言う人は教えてほしい。

2,階層的情報選別

STEP 1 「信頼できる情報源」を厳選する。

STEP 2  そこからさらに「自分の感性で選別をかける」。

STEP 3  情報源の質を適宜チェックする。STEP1に戻る

要するに、情報の選別に階層性を持たせましょう、ということ。こんな当たり前じゃん、と思える人は、結構、以下、読む必要なし。インターネットは、玉石混淆の膨大な平面的情報であり、キーワード検索だけでアクセスし、ウラを取らずに使っていると、今にとんでみないことになりますよ。友達の間で、まことしやかに流れる風聞などをあてにするのは、もってのほか。

ここで、「信頼できる情報源」とは、受け手の価値観と合致するということであり、受け手の感性・価値観によって異なる。万人に有益な情報源などない、と割り切ろう。ガセネタ・自分にとって退屈なネタを掴ませられないよう、情報源の選択段階から、自己責任を負わなければならない。このプロセスに最も時間とお金がかかる。「自分の感性で選別する」とは、信頼できる筋からの情報であっても全て鵜呑みにするのではなく、自分の選別基準によって情報のスクリーニング(篩い分け)=第2次情報選別を行うことである。さらに、情報は生き物のように時々刻々と変化していることに注意しなければならない。今日うまい物が食いたいと思っている人にとって、レストラン評で有名なミシュラン本も、数年前のものでは何の意味もなさないであろう。一度は自分が情報選別を委任したものであっても、提供される情報の質が劣化していないか、適宜、目を光らせていなければならない。

3,自分の価値基準を決める

情報というのは受け手にとって、有益にも無益にもなる。情報それ自体に良いも悪いもない。そこで情報の収集に当たっては、一体自分が何を「良し」とするのか、その価値基準をはっきりと決めなければならない。しかし、これは、そう容易いことではない。ミドリムシですら光走性と言って、光の方向に吸い寄せられていく。同様に、誰でも何らかの嗜好(=好み)を生まれつき備えている。生来のものだけでなく、社会生活・対人関係などによっても嗜好は刻々と変化している。「何となく好き」という感覚レベルでの嗜好を自覚することは、もちろん大切であるが、それだけではミドリムシである。工学者たるモノ、自分の価値基準はこうだ、と、説明可能な形に言語化し、それを自己認識し、情報選別のフィルターとして生かさなくてはならない。

(1) 感覚優先派 「何となく好き」という感覚レベルで情報選別。手軽に入手可能な範囲で自分のお気に入りの情報を次々と囲い入れるが、玉石混淆、統一性がない。騙されやすい。

(2) 権威追従派 いわゆるブランド追求型。自分の価値・感性をブランドに投影・委託。

      ブランドは、それなりに良質なものも多いだろうから、一概に否定できないか、全面委任というのも没個性でないか?

(3) 多数追従派 いわゆる「巨人・大鵬・卵焼き」型。ブーム追従。噂の情報にアクセスせずにはいられない。その逆に、ひたすらマニアックなマイナー追従派も。

能動的に情報選択する人は、上記3分類の良いところを取る。様々な情報源(権威・多数意見)から、自分の価値観に合致するモノ上位いくつかを大胆に選別し、委託する。その他の情報源は未練を持たず思い切って捨て去る。委託した情報源の中から、適宜、情報を選択取得する。

4,情報にはコストがかかる

水と安全がタダでないように、良質な情報を入手するにはコストを惜しんではいけない。身銭を削らなくてはいけない。たとえ信頼に足る情報源を探し出すまでに膨大な時間とお金がかかっても、選別された情報源からの情報は自分の価値観に合致している確率が非常に高く、結果として満足度も高い。トータルで見れば、時間・金の節約になるのである。この手間を惜しんで、感覚優先、権威追従、多数追従、その場その場で網羅的な情報選別に走ってしまうと、その時々での当たりはずれが大きい。本や教科書なども立ち読みなど、もってのほかである。身銭を切って得た情報でなければ、血肉にならない。